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IT技術の可塑性と住み分け

一般の感覚からすれば「抗炎症剤と筋弛緩薬をどうやったら取り違うんだ」と激昂するかもしれないけど、それぞれの薬の名前が「サクシゾン(抗炎症剤)」と「サクシン(筋弛緩薬)」とよく似た名前であるうえに、当該病院には「サクシゾン」がなかった(たぶん「ソル・コーテフ」だったんだろう)。“サクシ”だけ入力すれば「サクシン」しか出てこない以上、“起こる危険が十分ある事故”だった。
同じ成分の薬で名称が違うなんてことはよくあるうえに、最近導入され始めたジェネリック薬品は、先発薬と違う名称を各製薬会社が勝手に付けるもんだから、1つの成分に10種類ぐらいの薬剤名称があったりして、全部覚えておくなんてもう無理。ジェネリック薬品の功罪って、こういう所にもあると思う。
それに、似たような名前なのに薬効や投与量が全然違う薬:「アルマール(降圧薬)」と「アマリール(糖尿病治療薬)」、「タキソール」と「タキソテール」(両方とも抗腫瘍薬だけど、投与mg数が10倍近く違う)が、オーダー上隣同士に並んでいたりして、さも間違ってくれと言わんばかりの仕様。電子オーダリングシステム導入時期に「危ないぞ」と何度となく警告されてから久しく経つのに、一向に改善されずに、似たような事故が起きる。「起こした人間の注意力散漫」を口実にして。“ヒューマンエラーを起こし易い状況”を作っておいて、それはあんまりだ。

「人間モード」と「機械モード」

勿論、こういう事故を防止する手立てなど、掃いて捨てるほど考えられる。薬効を併記する、劇薬入力時にはエラーボックスを表示させる、推測変換を導入する(もともと「サクシン」なんて使用状況がものすごく限定されてる)…etc. でも根幹に無ければならないのは「人間は必ずどこかでエラーをきたすものである」「人間と機械とでは役割が異なる」ということ。ダブルチェックシステムだって結局人間がやることで、ミスを防ぐ決定打にはなりはしない。
もともと考えていたことは、既にDr.medtoolzが上記エントリで述べられているので、少し論点を変えてみる。

裁量介入と可塑性

またしても自分の専門分野の話で申し訳ないけれど。
血液内科ほど、多種の抗腫瘍薬を使う科はないと思う。でも、各医師が勝手に使用薬剤を決めてるんじゃなくて、当然やり方が決まっている。勿論それらは解析の結果「効果がある」とされた“根拠に基づいたEvidence-Based”方法。薬剤の投与日数は既に決まっているし、投与量は体表面積(身長と体重から算出される)によって決まる。となると、どの方法(レジメン)を使うか、何日から開始するかさえ決めてしまえばよい、はずだった。
大学勤務のころ、Excelでそういう日程表が作られていた。体表面積の計算式は組まれていけど、そこから薬剤量を算出する式が化学療法日程表に組まれてなかった。結果、Excelで算出された体表面積を電卓に打ち込み、規定された体表面積あたりの薬剤量を掛けて必要量を算出し、それをまたExcelの日程表に打ち込むという工程が必要だった。当時下っ端は俺だけで、すべての患者の日程表は俺一人で作る羽目になっていたから、日程表に直接計算式を組み込み、患者体重と身長、実施開始日時を入力すれば必然的に日程表が出来上がるように作り直した。これで、日程表作成速度は格段に向上し、分量計算のミスを起こす危険も少なくなった。
今の病院に異動になって。化学療法の日程表は手書きだったから、大学病院で作ったExcel日程表を使おうとしたら、ボスに怒られた。「お前は画一的に化学療法をする気か?」
大学病院に入院する患者はみんなあまり合併症のない、極端に年齢の高くない人達ばっかりだった。造血幹細胞移植施設でもあったから、あまりにも合併症が多い人は移植できないし。でも今いる病院は地方の基幹病院。「90歳代で悪性リンパ腫」とか「悪性リンパ腫だけど糖尿病の既往もあって腎機能が悪い」とか「白血病と診断されて治療をやろうと思ったら、今まで健診もろくすっぽ受けてなくて、前診察で蓄膿症とか感染源いっぱい」とか「再発でもう同じ抗腫瘍薬は使えない」とか、教科書通りではいかない人達ばっかり。必然、抗腫瘍薬の置換(同系統薬剤で別種への変更 ex; IDA→MIT)や減量が必要になる。ボスは、そういう化学療法の機微を俺に教えたかったようだ。
という訳で、異動当初は手書きで日程表書いて、ボスと「この薬はこの患者ではmg/m2からmg/bodyにしよう」とか「この人は心機能が悪いから輸液量は〜mlまで制限しよう」とか検討し、調整して実施するのだけど、またここで問題が。要は手書きだから、一度作成した日程表を検討にかけて、変更になった部分を反映した日程表をもう一度一から手書きしなけりゃならない(本音を言うと、“もう一度”で済むかどうか分らない。「却下された理由を自分で考えてもう一度作りなおして来い」としか言われないこともあるから。もう一度検討にかけて再々修正なんてことも)。手書きだとものすごい時間を食うから、とても非効率的だった。
そこで一計を案じた。先のExcelの日程表の印刷範囲外に抗腫瘍薬分量計算式を組んで、計算上の投与量と実際に使用する分量を分離した。計算上の投与量から実際の投与量を決めるまでの工程に医師の裁量介入を入れるようにしたのだ。こうすれば、仮令検討の結果投与量が修正になっても修正された部分の入力を変更して印刷し直すだけで済むし、独立させた抗腫瘍薬分量計算式に「標準体重で計算した場合」「標準量の70%の投与量にした場合」「薬剤変更した場合の変換式(ex; CY→IFO)」「アドリアマイシン系抗腫瘍薬の蓄積毒性計算」などの追加計算式をどんどん投入することも出来た。この運用は無事ボスに認められて、現在の使用に至っている。…まぁ余談だが、今のところExcelに使いなれた俺しか運用できてないので、使い勝手を良くするために病院のオーダリングシステム担当SEと検討したり、溶媒量やらオーダーシステム再編と絡んだりして薬剤師と協議したりとか、要らん仕事が増えたりもするのだが。もう一つ、このExcel出力を一番歓迎したのは看護師だったりする。ボスは結構悪筆で、読むのに大変だったりするのはここだけの話。
前置きが酷く長くなってしまったけど。要点は2つ

  • 「人間モード」と「機械モード」の住み分け: すべてを自動化するのではなく、裁量介入が必要な部分を検討し、それが可能なシステムを構築する
  • システムアップデートの容易さ(可塑性)の有効利用: IT技術の産生物は、いったん“モノ”を作ってしまえば、マイナーチェンジや機能付加にそれほど苦労しない。寧ろ、いきなり完成型にするのではなくマイナーチェンジや機能付加が容易なようにソースコードは出来るだけ平易に造る

向上心のない奴は何とやら

Dr.medtoolzのエントリの話に戻る。どんなUpdateが必要なのかは、IT技術に見識の深いDr.medtoolzの方が良い案を出してくれる。上記の化学療法日程表の運用だって、結局使用指南書の「基礎編」に載っている程度の機能しか使っていない(マクロでも組めばもっと面白いことが出来そうだけど、俺にはそこまでのセンスがない)。
きっと問題なのはIT叫んでた偉い人達は、結局IT技術の本質を分かってなくて、本当は実際に運用してからUpdateしていくことがITの本質で強みなのに、オーダリングシステムさえ導入すれば自分の功績になるから、そこで行動が停止してしまっていること。問題が起こるぞ、と現場は警告してたのに。で、

事件がおきて、たぶんこれから「根本的な解決を」とか、IT叫んだ人達がまた叫んで、何億円ものお金が、各病院の「アップデート」費用としてむしり取られるんだろう。

叫ぶ人たちは実際の“アップデート”はSEに丸投げして、でもSEは(当たり前だが)臨床は分らないから実際の運用にまた問題が起きて、“Update”の必要を現場は訴えるんだけど、御偉方は「前に予算組んで“アップデート”したじゃないか。もうお金ないから無理」とけんもほろろで、事故は繰り返される、と。そんな悲観的な予測しか成り立たないんだけどなぁ。

2重の意味

以下、また余談。
ということで、成り行き的に自分の病院のIT技術関連に1枚噛むことになったのだけど、他の先生の要望やら、看護師からの要望やら、薬剤師・SEとの協議やらと、まぁ仕事はウナギ登り(藁)。そんな中ボスが一言。
「クラブ活動程度にしておけよ」
…「あんまり無理すんなよ」「もっと本業に打ち込みやがれ」の2重の意味にとっておく。
実のところ、やっていることの本質は、学生時代の“アレ”とあまり変わらないんじゃないかな。どうだい、同期諸氏? きっと俺は果てるまでこんな感じな気がするな。

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