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君に伝えたい事があるんだ

血液内科医になりつつある小童の話、おk?

配偶者がうつ病になったときにあなたがする、たった一つのこと、それは病院へ行くこと。病院へいって担当医とあうこと。

何もうつ病に限った話ではない。家族は必ず担当医の話を聞きに“来て欲しい”。できれば、初診から。理由を簡潔にまとめると、以下の感じになる。

  • 病名を告知の際にショックで頭が真っ白になった本人の代わりに説明を聞く
  • 入院後の本人不在の家庭をどうするか対策を立てる
  • 限られた予後の中で本人が最大限の幸福を享受できるように対策を立てる
  • 本人を支える最後の精神的な砦は家族しかいない

以下、各論。

病院へいって担当医とあう4つの理由

病名を告知の際にショックで頭が真っ白になった本人の代わりに説明を聞く

科の性質上、また地方の基幹病院である以上、開業医から紹介される患者はほとんどの場合、悪性疾患(白血病悪性リンパ腫・多発性骨髄腫etc.)が疑われている。そしてそれが“本物”*1であるかは、紹介初日に予め組んだ検査群と診察で大体判明する。PETもリンパ節生検も骨髄穿刺も、もう次の治療方針を決めるための(つまりなんであれ治療が必要なのはほぼ確定的)検査に過ぎない。もう初日から、告知しなければならない状況にあることが多い。まして、よっぽど進行した場合ならともかく、特に際立った症状もないから、いきなり悪性疾患だと言われようのもなら、文字通り青天の霹靂である。そうでなくても、悪性疾患であることの告知は、大体本人の頭を真っ白にしてしまい、後の説明など聴こえやしない。でも、速やかに検査を続行し治療を開始させるのが、その後の治療成績にかなり影響する。
この時、患者本人しかいないと、(無理からぬことであるが)パニックになった本人にこれからのことを説明しても頭に入らないので、検査が進まない。次いで治療も遅れて、本人にはいい事は一つも無い。あまつさえ「自分はそんな悪い病気なはずがない」とそそくさと帰り出す人まで出る始末。
家族とて、ショックを受けない人はいないだろうが、本人よりは頭が真っ白にならない人が多い(たまに真逆のケースもあるが)。寧ろ「何かいい方法はありませんか」と熱心になってくれた方が、それ以降の話は進みやすい。勿論、説明内容を全部覚えているという訳ではないし、先述した通り家族だって動転しない人はいない。だけど、少しでも説明は頭に入っていることが多くて、後でもう一度説明した時に「そういえば最初にそんな話をしていたような」程度でも覚えていてくれれば、その後の検査や治療がとてもスムーズになる。

入院後の本人不在の家庭をどうするか対策を立てる

例えば、一家の大黒柱(主要収入源)が病に臥してしまった場合。
悪性疾患だけに、どうしても入院加療のそれなりの時間を要してしまう。入院費用もさることながら、このご時勢、収入を絶たれるのは家族の大問題である。「外来治療だけで何とかなりませんでしょうか?」ごく例外的な事態*2を除き、入院加療しないと、命の保障はありません。
こればっかりは、家族が同伴してくれないと、どうにもならない。役所への手続きetc.、手段はあるがやることもいっぱいあるのだから。

限られた予後の中で本人が最大限の幸福を享受できるように対策を立てる

血液悪性疾患は、一昔よりかなり“治る”病気にはなったけれど、それでも悪性疾患。治療しても数割は何らかの理由で亡くなってしまうし、ましてや治療手段が抗がん剤で、薬そのものが身体にダメージを与えてしまうため、「治療したほうが余命が縮む」などという一見矛盾した事態になることも、かなり多い(悪性疾患になるのは多くの場合高齢者だから)。先述した家族の熱意が、逆に仇になってしまうことも、しばしば。
ただ、どうあっても本人にも家族にも、現実は受け入れてもらわねばならない。だけれど、とりあえず話を聞きに来てくれないと、それも出来ない。「敢えて治療をしない」のは、決して患者を見捨てた訳ではないことを、理解して欲しいのだ。

本人を支える最後の精神的な砦は家族しかいない

で、結構いろいろゴダゴダ書いたが、最後にはここに行き着く。つらい現実に直面した際、最後に横にいるのは家族なのだから。

守って欲しい2つの事柄

という訳で自分の科の話にはなってしまったが、家族の同伴が重要なのは、多分診療科に関係なく同じだと思う。ただ、以下の2つは守って頂きたい。

  • 袖の下は要らない。事前の電話が欲しい。
  • 治療を“要求”しないで欲しい
袖の下は要らない。事前の電話が欲しい。

お願いだがら、突然やって来て「主治医を出せ」は勘弁して欲しい。心配なのは分かるが、きっとその主治医の患者はその人だけではない。外来をやっているかも知れないし、IVHを入れているかも知れない。逆に、電話1本でも先に貰えれば、必要な資料などをそろえて、もっと分かりやすい説明をしてくれるかも知れない。
…いやホント、アポなしは「進め!電波少年」だけで勘弁してほしい。

治療を“要求”しないで欲しい

リンク先エントリにこんな記載がある。

主治医と話をしなさい。治療方針に疑問があるなら、なおさらそうしなさい。

「こんな質問をして笑われたらどうしよう」などと思わないで欲しい。むしろ主治医はどんなことを疑問に思っているか知りたいし、その疑問の氷解のために、説明はある。勿論、難解な事柄もあるし、どうしても専門的にならないといけないところもあるけれど、その当たりはきっと医者としての腕の見せ所。あくまで分かりやすい説明に徹するのは医師の責務であるのだから。
しかし、「笑われたらどうしよう」を通り越して「自分ではこう思うので/ネットにこう書いてあったから、これこれの治療をして下さい」と要求するのは勘弁して欲しい。医師が治療方針を提示できるのは、(それが大規模臨床試験であれ、経験であれ)過去に同様の疾患の患者のデータと、診察・検査の結果を照合して導き出した結論があるから。勿論、医師の発言が全部正しい訳ではないけれど、「自分がこう思う」のは貴方の考えでしかないし、「ネットに書いてあった」としてもそれが正しい根拠は全く無く、それにそもそもその記載者は患者を見ていない。どちらを信用するかは、お任せするしかないが。
ちなみに、最近あった事例を提示しておく。ホントに唖然とするしかなかった。

俺の考えでは白血病って生活習慣病だと思うんですよ。だから治すのにどんな物を食べさせればいいか教えて下さい

別に嘲笑するために挙げた訳じゃない。ただ、医者の発言がいつも正しくないからといって、貴方の発言もいつも正しい訳じゃないのだから、治療を“強要”するのだけは、勘弁して欲しいだけ。その例。

君に伝えたい事があるんだ

上記リンク先エントリのブックマークページで「医者の頭には自己保身のことしかない。」というコメントもあるが、否定はしない。医療訴訟の激しくなったこのご時勢、説明(インフォームド・コンセント)の普及が、某国と同様の訴訟対策扱いに近似していることは、否定できないから。
ただ、それ以上に患者本人にとって、家族にとっても、我々医療者にとっても、話す場を持つことは確実に互いの利益になる以上、だからこそ「家族が担当医の説明」を受けることを勧める旨で、このエントリを書いた。
誰しもが、“良い”医療を受けられるよう切に願う。

ちなみに

おかげさまで、俺の説明は結構時間が長いです。やたら説明がクドイ医者がいたら、それは俺かもしれません。

ちなみにちなみに

初診料も込みで1500円前後を用意? がちと不明。確かに精神科の治療には面接療法・家族療法などがあり、それらは保険適用ではあるが…患者の診療費のなかに組み込まれるので、家族が別途に徴収されることはないと思うが…科が違うので何とも。
なお、インフォームド・コンセントを受けることそのもので別途料金はかかりません。が、主治医とは別の医療施設の医師に診断・治療方針の相談をする「セカンド・オピニオン」には費用がかかりますので、お間違えなきよう。

*1:“偽者”とは、偽性血小板減少症のような見た目の異常か、あるいはウイルス感染などによる一過性の血球減少とか。

*2:慢性骨髄性白血病の慢性期…ぐらいか?

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