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症状は無いけど治療する

駆け出し血液内科医の苦悩シリーズ(笑)。ではどうぞ。

“悪性”疾患ほど症状が無い

時々、治療から逃亡する患者がいる。
実のところ、血液悪性疾患の初期症状はあんまり目立った症状がない。体のだるさとか、微熱っぽいとか。で、近くの病院を受診して、とんでもない検査値にビビって慌てて当科に紹介されることが多い。勿論、ノッケからとんでもない症状のケースもある(全身リンパ節が腫れに腫れて胸水が溜まって息も絶え絶えとか)が、そういう人に話を聞くと「そういえば何カ月か前からリンパ節腫れてた/微熱っぽかった」とか返ってくる。
症状はあんまりないけど、こちらから見れば一大事である。受診直後に緊急入院なんてケースも少なくない。まぁ以前のエントリ「君に伝えたい事があるんだ」でも少し書いたが、この初診時に相手に緊急入院が必要と納得してもらうのは、とても骨が折れる。だって、ほっとけば数ヵ月後の命も保証できないくらいの悪性疾患なんだけど、今症状無いんだもの。「え? 何で入院しなきゃなんないの?」 家族にも一緒に来て欲しいというのも、入院治療が必要なことを納得してもらう必要があるからだったりする。
まぁでも、ここで入院加療を断る人はあんまりいない。仮令軽症でも症状はある訳だし、検査・治療してもらいたくてわざわざ受診してるのだから、ましてや「重病です、命に関わります」なんて脅されたら(藁)、是も非もない。
実のところ、初期治療ってのが一番神経を使う。本人も気づいてないかもしれない既往症を持ってることが多い(免疫の病気だから既に肺炎などの感染を起こしていることが多いし、そもそも患者層の年齢は高齢者ばっかりだ)し、腫瘍量が多いと治療して一気に崩壊したときに色々合併症が起きやすい(腫瘍崩壊症候群や血管内凝固症候群、一般には意外だろうが痛風とか)。そして抗がん剤だからとかく副作用が多い。気持ち悪くなるし、熱出るし、治療した方がダルくなるし、まぁ双方にとってロクなもんじゃない。ただ、各々の患者の病態に対しどういう治療戦略を持ってくるかが血液内科医の腕の見せ所であり、この科を専門とする醍醐味では、あるのだけど。まぁそれでも寛解に到達することが出来れば、まずひと安心。大体ここで一旦めでたく退院となる。
…が、問題はココからである。「寛解」というのは「治癒」とは違う。「寛解」はあくまでも“見た目”——所見・検査上病気が見つからなくなるだけのことであって、病変は体の中に残存している可能性があり、たかだか1回の治療ではほぼ間違いなく病変は残存していると考えておいた方がいい。だから「寛解」に至っても、今後所定の回数まで治療を継続し、残存病変を削る——再発の可能性を減らしにかからなきゃならない。ただ、そこまでやっても再発する可能性がゼロにならないのが、悪性疾患の“悪性”たる所以なのだ。
が、何せ検査にも引っ掛かってこないくらい病変は引っ込んだ状態なのだ。症状なんかある訳ない。ここで“逃亡を企てる”ことがある。「症状無いんだから治ったんでしょ? なんであんな苦しい思いしなきゃならんのさ」
…まぁ気持はわかる。金もかかるしね。ただ、こちらも金儲けのために治療の継続を勧めている訳じゃない。白血病悪性リンパ腫もつい最近知られた病気じゃない。もう何十年も研究された疾患だ。患者数だって全世界で何十万人いるか分かんないくらいいる。治療しなかったらどれだけ再発しやすいかなんてことは、腐るほどデータがあるのである。そして、再発すればするほど薬が効きにくいことも。ましてや種類や進行度によっては、再発したら一巻の終わり——だから最初っから最高強度で治療を継続しなきゃならないものだってあるのも、もう分かってるのである。
仮令症状が無くても治療しなければならない理由はここにある。ここまで説明すれば、大体の人は納得して治療を継続してくれるんだが…説明しても、やっぱり受診しなくなる人は、少なからずいるのである。「こちらも金儲けのために治療の継続を勧めている訳じゃない。」という言い方をしたのは、まぁ“それ相応の言い方”をされたこともあるから。はてなブクマのコメント見ても「医者は金儲けと保身しか考えてない連中だ」なんてのは珍しくもないしね。

予防医学の難しさ

一応専門は血液内科なんだけど、地方病院ではそうも言ってられないので、高血圧も糖尿病も高脂血症も診ることになる。が、上記の通り悪性疾患ですらこのザマである。ましてや手遅れになるまで症状のない「生活習慣病」など言わずもがな、である。運動しない、生活習慣・食習慣を変えない、喫煙を止めない人にどんな薬を盛ったところで、心筋梗塞脳卒中・糖尿病性腎症(要透析)・糖尿病性網膜症(失明)になるリスクは減らせないのである。そもそも、薬飲まないし。「なんで症状無いのにこんな苦労しなきゃらなんのさ」。いや、症状でたらもうどうしようもないし、今の苦労どころの騒ぎじゃなくなるんだけどね。
この国の首相が昨年11月末頃に医療費関連の発言をしてバッシングされていたが、あれもあながち間違いではないのである。俺の外来に通院していた糖尿病の人もあの発言にプンスカしていたが、「あなたみたいに定期的に通院して、欠かさず自分で血糖チェックしてくれる人ばっかりなら、みんな良くなるしあんな発言も飛び出さないんだけどね」と伝えたら納得していた。ちなみにその人はインスリンの自己注射を続けて、初診時HbA1c 10%以上だったのが今は5%台と正常極まりない健康体でやってますよ。インスリン量も当初の2割くらいしか必要なくなったしね。…ここまで熱心な人は、残念だけどあんまりいない。
予防医学の成功の可否は、今症状がないけど治療を含む様々の苦労を負うことに、本人が納得するか否かにかかっている。

貴方の人生は貴方だけのもの

俺は若造だから、“お医者様”であった時代なんて知らない。偉ぶって指図したりはしない。あくまでも膨大なデータを背景に、想定されうる最適の治療法を提案し、“貴方が納得してくれるなら”、その治療法を全身全霊、責任持ってさせて頂きます。でも、納得して同意してくれなきゃ、治療は始まらないんです。
今のご時世は医者が権威を楯にあーせい、こーせい指図する時代じゃない。患者が治療を選ぶ時代だ。勿論、プロの意地をかけて最良と思われる方法を提示させてもらうけど、最後の決断は本人にあるはずなのだ。「貴方の人生は貴方だけのもの」、個人の信念を侵害すべきではない。病状の説明や治療法に長々と時間を費やすのも、家族に同伴を希望するのも、結局はそのためなのである。治療を進めるのも、実際に行うのも俺たちなんだけど、なぜ必要なのか、知った上で治療を受けて欲しいのである。そして、治療しないのも一つの選択、ただしその結末は、貴方の責任に於いて受け入れる覚悟が、御有りなら。多分そういうところで、俺は冷徹なんだとは思いますけどね。

症状は無いけど治療する

その理由、そして予防医学の難しさ、少しでも知って頂ければ、幸い。

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