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汝は担い手の苦悩を知らず

またミンスが不穏な動きを。化学療法の担い手としては困ったもんだ。では、どうぞ。

いきなり結論

北川遵 @

うわあああああ、いきなり結論言われちゃったぞ。

事の発端

国の医薬品副作用被害救済制度に「抗がん剤」による死亡を含めるよう見直しを求める動きが出始めた。昨秋には民主党国会議員による勉強会も発足、制度改正の検討を開始した。抗がん剤は副作用がほぼ避けられず、現在は制度の対象外になっているが、東京、大阪両地裁が7日に和解を勧告した肺がん治療薬「イレッサ」訴訟の原告・弁護団も、死亡した場合は救済対象に含めるべきだと主張している。

@KU。
ここから先は「抗がん剤」を使用する「化学療法」という語を使わせてもらう。上記の救済制度には決定的な問題がある。それは化学療法を行う上での究極の問題でもある。

  • 副作用の程度は差が大きく、ほとんど問題にならない程度から死亡に至る程度までのものもある。また同一の治療法でも個人差が大きく、また同一患者でも回数が重むごとに副作用の程度が変わってくる。
  • 対象となる疾患によって、その奏功率(要は治療効果が出る確率)は大きくことなり、治療反応性のよいものから、最初から効果が期待薄(とはいえ治療しなければ死亡は時間の問題)のものまでさまざま。しかも一般に奏功率の高い疾患でも奏功しない例も少ない一方、奏功率が低い疾患でも随分有効な例があり、結局「やってみないとわからない」
  • また化学療法が必要な悪性疾患は概して高齢者に多く(勿論若年者でも起きうるが)、既に他の合併症を抱えている例が大多数である。従って、死亡したとしても原病が悪化したせいか、合併症が暴発したせいか、不可避な副作用だったか、有害事象に対する全身管理を怠ったか(これが狭義での「医療過誤」)の区別が非常に困難である。スモン薬害を引き合いに化学療法後の死亡に一律に救済措置を定めた場合、これらがすべて混同される危険がある。ようは死亡したら全部「医療ミス」と言われかねない。
  • 現在の化学療法では救済困難な疾患がある以上、それを克服するための新薬の登場は必要不可欠である。しかし新薬であるからこそ、予測不可能な合併症は必ず存在し、しかも上市された後に広範に使用されて初めて明らかになる合併症は少なくない。認可されるまでの第2相試験では、症例数が少ない上に、どうしても“効きそうな症例”が選ばれるバイアスが不可避である。大規模臨床試験を待って認可使用ものなら、それこそ唯でさえ“ドラッグ・ラグ”が指摘されているのに、その数倍の年数と費用がかかる。さらに困った事に、重篤な副作用が報告される一方、症例によっては“恐ろしく良く効く”*1場合があり、副作用報告比率と奏功率を天秤にかけねばならない事態が必発である。

ざっと述べただけでもこれだけ化学療法の担い手の苦悩はある。上記リンク先の救済制度は、これらの諸問題を完全に無視して制度化しようとしている動きがあり、不評なのである。
本音を言えば、不測の副作用に対する救済制度は有った方がよいと思うし、それ以上に化学療法には実に「金がかかる」。医療者側からすれば、どんな治療をしようと疾患によって支払われる金額は一定なので、別に化学療法をやればやる程儲かる訳ではない(寧ろ材料費etc.等のコストで赤字になることが多い!)のだが、なにせ“良く効く新薬程高い”というジレンマがある(はてなブックマークでもコメしたが、某固形癌に関しては「新薬を投入して費用をかければかける程余命が伸びる」という実に虚しい論文があったと記憶している)ので、そのあたりの経済補助があれば申し分ないのだが…。前述したが、救済措置の引き合いが“薬害”であるあたり、この辺りの諸問題まで考慮して救済制度を成立させようとしている風には、到底思われないのである。

地獄への道は善意で舗装されている

もし件の議員達が“本気で善意から救済制度を提案している”のなら、事態は更に悪い方向に進む事が予想される。

今の首相にしてからが、「俺はこんなに一生懸命偶像を拝んでるのに支持率が来ない。何故だ!」とか、毎日怒って、怒りはたぶん、最後まで止むことはないのだと思う。

Dr. medtoolz 「努力には正しい方向がある」: 「レジデント初期研修用資料

本当はこんなエントリのためにDr. medtoolzの金言を引用するつもりはなかったのに、いたしかたない。前述の通り、化学療法は、如何にこれまでの治療実績が示されていようと、あくまでも確率論であって、個々の患者に対しどのような結末を呈するかは、悲しいかな「やってみないと分からない」のである。良くも悪くも統計学上の“少数派”に入る可能性は常にある。それを「副作用を耐え忍んだのにそれ相応の治療効果が出ないなんておかしい。医療ミスがあるに違いない」となると大変な事になる。「正直の頭に神宿る」が金科玉条の“日本教*2ならではなのだが、当然この“思想”は、前述の化学療法における諸問題を完全にスポイルしていることはお分かり頂けよう。「破滅への道は善意で敷き詰められている」という諺は、誠に的を得ている。だから「人気取り政策」と揶揄されるのである。

願わくば

化学療法の担い手たる医療者の情熱を殺ぐことの無いよう、かつ化学療法を受ける全ての悪性疾患患者に、然るべき救済措置が施される事を祈る。これを以て、小生の妄言を締めさせて頂く。

*1:俺も研修医時代、件のイレッサで、今にも死にかけていた肺癌患者があっというまに良くなった症例を経験している。

*2:この内容については井沢元彦著「逆説の日本史」シリーズ他の著書をご覧頂きたい。

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