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「Minami Produce verse.05 僕らの心象風景における、いくつかの考察」における既視感

twitterでも呟きましたが、「Minami Produce verse.05 僕らの心象風景における、いくつかの考察」A版観劇してきました。で

今回の場合、冒頭での“彼(?)の説明”に既視感déjà-vuを覚えたから。…まぁ、直ぐに発想元に辿り着いたんだけど。ネタばれにすらなってないけど、一応、隠しておくか。
物語の進行のシステムの根幹になる、「主人公の記憶の改竄が、どうして世界の改変に繋がるのか」という話。

「晴明よ、今、おれが見たのは、夢なのか、それともうつつなのか?」
「夢とも現とも、どちらとも言えるものさ」
「どうやったのだ」
「博雅の見た通りさ。おれがやったことは、おまえは全部見ていたし、聴いていたではないか」
(中略)
「だから、あれは、おまえの心の中に起こったことなのさ」
「心の中?」
「うむ」
「それは、つまり、実際には起こっていないということか」
「博雅よ、あることが起こったのか、起らなかったのか、それを決めるのは、おれがどういう説明をしようと、それはお前の心なのだよ」
「う、うむ」
「おまえの心が、起こったことと考えるなら、それはそれでいいではないか」

夢枕獏陰陽師 付喪神ノ巻』

陰陽師―付喪神ノ巻 (文春文庫)

陰陽師―付喪神ノ巻 (文春文庫)

或いは、“Edgar CayceらによるAkashic Recordsへの接触”でもいいんだけど。まぁ、こんな事を思った訳よ。
本編の感想は、また、別の機会に。

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