俺も随分歳をとったと思ったのだが、まだ滾る血はあったらしい。
メンドクサイナァ
事の発端はこのtweetである。
医者の臨床業務に創造性はゼロだからなー。医学部目指す学生さん、ひらめきに憧れを抱いている医学生・研修員の皆さん、あなたが仕事中に思いついた方法は、すでに確立された手法であなたが知らないだけか、誰かがトライして失敗したもののいずれかです。
—コードブルーフラワー(@codeblueflower) 2018年3月14日
他人様のtweetに何か言うのはメンドクサイからやりたくないんだがねぇ。だがしかし、って奴だ。
「医者の臨床業務に創造性はゼロ」…本当?
ガイドライン
ガイドライン、というものがある。これまでの臨床試験等々から、或る疾患に対して「この治療が妥当である」とする、一種の指針である。
だがしかし、これは"マニュアル"ではないのだ。あくまでも"ガイドライン"と称するのはなぜか。
ガイドラインとは、"多くの場合、こうすればこういう良好な結果が得られる可能性が高い"ことを示しているに過ぎないのだ。では、「"多くの場合"ではない」場合は?
つまり、そのガイドラインの根拠となる臨床試験の条件に合わない症例(合併症、病変分布etc.)の患者を治療するにあたり、そのガイドライン通りの治療さえやれば良いのか? ということ。
もう一つ。そもそもガイドラインで"未だ議論の余地がある"と結論づけられたような疾患にどう応対すべきなのか、ということ。要はこういう表記がされていること自体、「正解は誰も知らんね」ということなのだ。
典型的な症例だけ診療できるのなら、誰も苦労はしない。「こんなんどないせっちゅねん!」という症例に直面した時に「何とかして助けたい!」とあらゆる情報を収集し、可能な限りの技術を集結して事に当たる、これが我ら医師の本懐ではないのか。「こういう事もあるかもよ」と警鐘を鳴らすのが「症例報告」の役割ではないのか。それを"創造性はゼロ"と言うのか?
"思いつき"を未来へ
創造性という事に関しては、もう一つ興味深いtweetがある。
思いつきで治療してはいけないと言うこと
— まる (@standardtherap) 2018年3月15日
少しでも確率の高い治療を安全に提供することが大事と言うことかな https://t.co/pxn8NIDwZr
ここでのミソは"思いつき"という言葉である。
ぶっちゃけた話、今までの定説を覆そうと思ったら、方法は2つしかないのだ。偶然そういう事態に出会ったのか、それとも、何かを論拠に"こうやればもっとうまくいくんじゃね?"と思いつくか。
実際に臨床業務をやってると、このどちらにも遭遇する。が、どちらにも共通することは「それが価値があるかもしれない」ということに気付けるかどうかということ。もう一つ、「それはたまたま上手くいったのか、あるいは…」。
「思いつきで治療してはいけない」というのは、ガイドラインに敢えて沿わないことをやるだけの価値があるかどうかということに兌換できる。悪い結果になったのは、ガイドラインに従わなかったからだ、という昨今の訴訟社会を恐れての反応とも言える。あるいは、その都度「これがいいんじゃね」とその日の気分で変わるのでは、それは医療じゃない。アミバじゃないし。
だがしかし、過去の医療の進歩など、結局のところ発端は"思いつき"ではなかったのか。問題は、"思いつき"が本当に"思いつき"で終わるのか、それともガイドラインを変える力になるのか、そこの分水嶺はどこかということ。つまるところ、"それは偶々だった"のか"偶々ではなく確かにそれをした方が良いのか"ということにケリをつける作業である。
それを「臨床研究」という。
宝くじに当たる自信
エセ医学というのがある。「どんなガンでもこれさえ飲めば治る!」とかいうアレである。患者さんの家族から文字通り"藁にもすがる思い"で「先生、これやってもいいでしょうか?」と訊かれることは、よくある。俺は「そんなもの効きませんよ」とは決して言わない。何故ならありえないなんて事はありえないからである。別にご家族の気持ちを忖度した訳じゃない。だがしかし。
「確かに効く人もいるのかもしれませんが、この手合いの治療は、ただ効いたケースしか言ってなくて、何人中何人に効いた、なんてことを明記したものは、何一つないんですよ。効いたのが1万人に1人なのか、100万人に1人なのか、明示してないんです。莫大な金額をかけて、宝くじの1等に絶対当たる、と確信されているというのなら、止めませんが」
「効きませんよ」と頭ごなしに否定されれば多くの人間は反発するけれど、"宝くじの当選確率"を引き合いに出されると、大抵の方は引きます。
さて、臨床試験とは、"それって偶々なんじゃね?"という疑念を晴らすための行程である。そのために統計処理という技術を用いるのだ。
確かに最初は"思いつき"かもしれない。だがしかし。
まず、「こんなことをやったら上手くいった。これっていいんじゃね?」「たまたま上手くいったんだけど、これってどう?」という症例報告。
あるいは「これやったら、実験ではこんなことになったぜ!」という基礎医学からの報告。
これを踏まえての「これを何人かにやってみたら、あるいは過去にこういうことをやってた人はこんな結果になった」というpilot studyや後方視的解析。
さらに「何人もの患者さんに協力してもらったら、何か上手くいくかも」という少数例前方向試験。
そして「ええい、偽薬使ってでも本当に意味あるか検証してみるわ!」という大規模臨床試験(二重盲検試験を含む)。
これでようやく"定説は覆される"。医療はこうやって進歩してきたのではないか。
最後の大規模臨床試験は、国(本邦なら厚労省)や多施設臨床試験を行う必要がある、要はそれなりのリソース(金銭や人員等含め)を要するが、それ以外は一地方病院だって、やれることなのだ。事実、俺の病院は"欧州にケンカ売って無事に論文が通った"…正確には"或る仮説を立て、他科にも協力してもらい、或る血液疾患の治療後にある治療を加えたら、予後がとんでもなく改善した"という話である。科長が発起し、治療は全員で、データ解析は俺、最後に英論文化して、無事掲載、Pubmedでも引ける*1。あくまでも当院1施設での成績である(少数例だが)。そしてこれは、新しく登場した治療であるにせよ「保険適用で既に認可されている治療を連結したら、予後が改善した」という話なのである。
とはいえ、N(症例数)は多くないので。あくまでも「じゃあここからは大規模臨床試験よろしくね(全世界に)」ということでは、あるのだけれど。
蚤の市
上記が俺の信念なので、もはや"初期研修医の登竜門"に過ぎなくなってしまった日本内科学会地方会も、目を通している。まさに「蚤の市」、愚作に埋もれた"面白いモノ"を探すことにしている。そして、当科からは"面白いモノ"…「ねぇ、こんな症例あったんだけど、どう思う?」という臨床的意義がある症例しか、出す気はねぇよ。
Boys, be ambitious!
さて、最後に。
医者の臨床業務に創造性はゼロだからなー。医学部目指す学生さん、ひらめきに憧れを抱いている医学生・研修員の皆さん、あなたが仕事中に思いついた方法は、すでに確立された手法であなたが知らないだけか、誰かがトライして失敗したもののいずれかです。
—コードブルーフラワー(@codeblueflower) 2018年3月14日
「あなたが仕事中に思いついた方法は、すでに確立された手法であなたが知らないだけか、誰かがトライして失敗したもののいずれかです。」
それは事実だと思う。「これってすげーこと思いついたんじゃね?」と思っても、大体誰かが既にやっていて、うまくいかなかった。そんなことは数知れず。それを繰り返しているうちに、諦めが来る。どーせ思いついたことも、大したことないんでしょ、と。
だがしかし。
私の実体験を述べようか
- 予後良好とされるCBFβ白血病で「予後が悪い一群がいる。下手に遺伝子切断をする化学療法をしたら遺伝子進化が生じるんじゃないか」と唱えたらプゲラされたが、その後DNA修復遺伝子に異常がある白血病は予後不良と判明
- ATL*2の治療には抗腫瘍薬だけではなく抗ウイルス薬(たまたまB型肝炎ウイルス合併症例で長期生存できた例を発表した)も必要ではないか、と発表したらプゲラされたが、後にインターフェロンと抗ウイルス薬のジドブジンによる治療の臨床試験が行われた*3
…もう7年以上の前の話である。
「あなたが仕事中に思いついた方法」は、100中99は「すでに確立された手法であなたが知らないだけか、誰かがトライして失敗したもののいずれか」かもしれないが、残り1でも"御老体が定説だって信じ込んでいる"代物に蟻の一穴をあけることができるかもしれないのだ。
私の出身校北海道大学の黎明である札幌農学校の教頭となるWilliam Smith Clarkの名言「Boys, be ambitious」に関して、どう訳すか少し話題になったことがある。一番好きな訳が「青年よ、生意気であれ!」。
定説も、常識も、先達が苦労して積み上げたものであるが、若人の責務は、これらを"生意気に"突き崩すことである。俺は、青年と老年の"黄昏時"にニヤニヤしている妖怪である。
忘れる事はつまり進化をも忘れる事
このようにゆるやかに死んでいくのと同じことだ
飛び方を忘れ 敵を忘れ しまいには鼠より無力な地を這う鳥になり下がるのだ
忘れるなヤコ 貴様も何一つ忘れるな
我が輩の挑発も拷問も アヤやHALに流した涙も全部忘れるな
忘れなければ貴様は再び進化が出来る
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