terra-khan.hatenablog.jp
上記旅行記を執筆していて、気づいたことがある。
大湯環状列石遺跡で出土した「石版」に関して記載していた途中の話だが、これは"人型の「数表」"なのだ。日時計という概念を理解できるからこそ、保有できるものだ。
では、その技術がなぜ伝播しなかったか。単純な話であるが「要らない」「理解できる人物がいない」。
現代社会では、情報は一瞬のうちに地球の反対側まで届くので、だからこそ賛同や反論、曲解や邪悪による誹謗中傷すら瞬時にやりとりされる、やりとりできるからこそなのだが、さて100年前なら文通が精一杯、それ以前なら、江戸時代でさえよもや"個人的なやりとりに飛脚を使う"訳もない。…で、今話しているのは1万年前後の昔の話だ。
現代社会に生きる人間が忘却する陥穽こそこれだ。"情報伝達速度が遅い、何なら年単位で遅い"ということを失念してないか。そしてようやく届いた情報なのに、それを理解できる者がいない。そうなればそうの情報は瞬時に消失し、また数年かけて"同じような情報"が届く。しかし…これを数十年、数百年かけて、成すのだ。
環状列石の建設に200年近く要しているのは、このせいじゃないかなぁ、と思うのだ。