「飲食店で「ご馳走様」と言わずにむしろ店側が「食べにきてくれてありがとうございました」というべきでは?」というツイートが流れてきた。
— 蝉川夏哉 (@osaka_seventeen) March 9, 2026
君は港区で、私は大阪で、離れて暮らそう。人生が交わらない方が幸せな価値観の相違というものはある。
誰とは言わないが。
この手合いのネタは、もう20年前に私は述べている。
terra-khan.hatenablog.jp
我々は大自然の中の文明社会のない環境で一人で生きているのでなければ、誰かを助け、助けられ、また誰かを害し、しかし害されながら生きている。それが摂理だ。しかしその摂理の中で、誰かを助けて感謝され、また誰かに助けられ、感謝する。それが「おかげさま人生」。
認識していないだけで、我々は誰かのおかげで生きている。コンビニに行っていつでもおにぎりを買えるのは、米や具材や海苔の生産者がいて、それを調理する人がいて、それを店舗に運ぶ人がいて、それを売る店員の人がいて、運ぶ燃料を供給する人がいて、電気の供給や設備の保安をする人がいて…と、無数の人たちの働きによって、今手の内にあるおにぎりは貴方に届くのである。
飲食店の例で言えば、それこそ"調理してくれたから食事にありつけた"ことに感謝し、また"食べに来てくれたから稼げた"ことに感謝する。互いに感謝しあうことが「おかげさま人生」。
翻って、今生きていられるのは誰かのおかげと考えられないのは、ただの傲慢だってことだ。別に天罰が下るとも、来世で地獄に落ちるとも思ってはいない。私は現世主義ではあるので。ただ、その傲慢さ故に"何某かの結末に至ったのならば"、「ですよね」としか思わないだろう。